2学期終業式

12月22日(金) 2学期終業式を行いました。校長式辞は、「2学期を振り返って」と「サンタクロースっているのですか?」(最後に全文を紹介します)。その後、各学年の代表生徒から、2学期の主な行事への取り組みや3学期に望む決意について力強い発表がありました。
また、今月いっぱいで行田中を去られる池田剛先生からお別れの挨拶がありました。生徒達はお別れが寂しそうでした。本当に生徒から慕われていた先生でした。4月から今日まで誠にありがとうございました。
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サンタクロースはいるのですか?
ニューヨークの「サン新聞社」宛てにヴァージニアという少女からある手紙が送られてきました。今から100年以上も前の1897年9月21日のことです。
 『こんにちは、しんぶんのおじさん。わたしは8さいのおんなの女の子です。じつは、ともだちがサンタクロースはいないというのです。パパは、わからないことがあったら、サンしんぶんにきいてごらん、というのです。ほんとうのことをおしえてください。サンタクロースはいるのですか?
  ヴァージニア・オハンロン』

「サンタクロースはいるのですか?」という少女の問いかけに、サン新聞社は「社説」で返事を返しました。

『ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。きっと、何でも疑いたがる年ごろで、見たことがないと信じられないんだね。自分のわかることだけが、全てだと思ってるんだろう。でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、全てがわかるわけじゃない。この広い宇宙では、人間って小さな小さなものなんだ。私たちは、この世界のほんの少しのことしかわかっていないんだよ。実はね、ヴァージニア。サンタクロースはいるんだよ!。愛とか思いやりとか、いたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、愛もサンタクロースも、ぼくらに輝きを与えてくれるんだ。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごく寂しい世の中になってしまうでしょう。サンタクロースがいなかったら、無邪気な子どもの心も、詩を楽しむ心も、人を好きって思う心も、全部なくなってしまう。みんな、何を見たっておもしろくなくなるだろうし、世界を楽しくしてくれる子どもたちの笑顔も、消えてなくなってしまうだろう。サンタクロースがいないって言うのなら、妖精もいないって言うんだろうね。だったら、パパにたのんで、クリスマスイブの日、煙突という煙突全部に、人を見はらせて、サンタクロースが来るかどうか確めてごらん。サンタクロースが来なかったとしても、何にも変わらないよ。だってサンタクロースを見た人なんてこの世にいないし、それがサンタクロースがいないっていう証拠にもならないんだから。
 大事なことは、誰も見た人がいないってこと。妖精が原っぱで遊んでいるところ、誰か見た人っているかな? うん、いないよね、でも、いないっていう証拠もない。世界中で誰も見たことがない、見ることができない不思議なことって、本当のところは、誰にもわからないんだ。あの赤ちゃんが遊ぶガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。でも、不思議な世界には、どんな強い人でも、どんな強い人がたばになってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものがあるんだ。無邪気な心とか、詩を楽しむ心、愛とか、人を好きになる心だけが、そのカーテンをあけることができて、ものすごくきれいでかっこいい世界を見たり、描いたりすることができるんだ。
 サンタクロースがいないですって! とんでもない! うれしいことにサンタクロースはいますよ。それどころかいつまでも死なないでしょう。千年後までも、いえ、バージニア、何十万年後までも、サンタクロースは子どもたちの心を喜ばせてくれるでしょう。 1897年12月24日 ニューヨーク・サン新聞』

サン新聞の記者は、少女に対して「見たことがないということは、いないということではないのです」と、やさしく語りかけています。愛とか、思いやり、まごころ、信頼など・・・この世には、目に見えなくても存在する大切なものがたくさんあります。逆に、「本当に大切なものは目に見えない」のだと説いています。そして、サンタクロースは「目に見えないもののシンボル」だというのです。クリスマスの日には、この社説が私たちに教えてくれた「目には見えない大切なもの」について、今一度ゆっくりと思いをめぐらせてみたいと思います。